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神戸地方裁判所 平成9年(行ウ)5号 判決

原告

西村裕代

右同所

原告

西村高幸

原告ら訴訟代理人弁護士

古殿宣敬

被告

長田税務署長 田中祥介

右指定代理人

森木田邦裕

山本弘

大澤正暁

岸本卓夫

小谷宏行

主文

一  原告西村裕代の平成四年一月一七日相続に係る相続税について、被告が平成六年六月二一日付けでなした重加算税賦課決定(ただし、平成八年一二月一〇日付け裁決による一部取消後のもの)のうち、五二万九〇〇〇円を超える部分を取り消す。

二  原告西村裕代のその余の請求及び同西村高幸の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告西村裕代の平成四年一月一七日相続に係る相続税について、被告が平成六年六月二一日なした更正決定(ただし、平成八年一二月一〇日付け裁決による一部取消後のもの)のうち課税価格一億九九二七万八〇〇〇円を超える部分、並びに過少申告加算税及び重加算税を賦課する旨の決定(ただし、過少申告加算税賦課決定については、平成八年一二月一〇日付け裁決による一部取消後のもの)を取り消す。

二  原告西村高幸の平成四年一月一七日相続に係る相続税について、被告が平成六年六月二一日なした更正決定(ただし、平成八年一二月一〇日付け裁決による一部取消後のもの)のうち課税価格一億九九二七万八〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税を賦課する旨の決定(ただし、平成八年一二月一〇日付け裁決による一部取消後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、祖母の遺産を相続した原告らの相続税につき、被告が平成六年六月二一日付けで行った再更正処分(ただし、平成八年一二月一〇日付け裁決による一部取消後のもの)及び過少申告加算税と重加算税の各賦課決定処分(ただし、過少申告加算税賦課決定については、平成八年一二月一〇日付け裁決による一部取消後のもの)が違法であるとして、原告らがその取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告らの身分関係

(一) 原告らの母である西村太美子(以下「太美子」という。)は、昭和四五年七月一七日、畑田豊治(以下「豊治」という。)と婚姻し、「畑田」姓となった。原告裕代は、豊治・太美子間の長女として昭和四六年一二月一日に出生し、原告高幸は、同じく長男として昭和五〇年五月三〇日に出生した。

(二) 昭和五八年一月二〇日、太美子は、豊治と離婚したことから、婚姻前の氏「西村」に復した。また、右離婚に伴い、太美子が原告らの親権者となり、原告らの氏も母の氏である「西村」に変更となった。

(三) 昭和六〇年七月一八日に太美子が死亡したため、同年一〇月四日、太美子の母である西村アサノ(以下「アサノ」という。)が原告らの後見人に選任された。

(四) 平成四年一月一七日、アサノが死亡し、その遺産を原告らが相続した。

本件相続時において、原告らは、原告裕代が満二〇歳、原告高幸が満一六歳であり、いずれも学生であった。

2  本件更正処分等の経緯(別表Ⅰ参照)

(一) アサノの共同相続人である原告らは、別表Ⅰ「課税の経緯」の各人の「期限内申告」欄記載のとおり、法定申告期限までに被告に対し相続税の申告をした。

(二) 平成五年六月一日、原告らが被告に対し、同表各「更正の請求」欄記載のとおり更正の請求をしたところ、被告は、原告らの請求どおり、平成五年六月二八日付けで同表各「第一次更正処分」欄記載のとおり減額の更正処分をした。

(三) その後、被告は、平成六年六月二一日付けで、原告らに対し、同表各「本件更正処分及び本件賦課決定処分」欄記載のとおり、再更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税、重加算税の各賦課決定処分(ただし、重加算税の賦課決定処分は原告裕代についてのみ。以下「本件賦課決定処分」という。)をし、原告らにその旨通知した。

(四) 原告らは、平成六年七月一八日、同表各「異議申立て」欄記載のとおり、本件更正処分の一部及び本件賦課決定処分の全部の取消しを求めて、被告に異議申立てをした。

(五) 被告は、平成六年一一月七日付けで、原告らの右異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。

(六) 原告らは、平成六年一二月一二日、同表各「審査請求」欄記載のとおり、本件更正処分の一部及び本件賦課決定処分の全部の取消しを求めて、国税不服審判所長に対して審査請求をした。

(七) 国税不服審判所長は、原告らの右審査請求に対して、平成八年一二月一〇日付けで、同表各「裁決」欄記載のとおり、本件更正処分の一部及び本件賦課決定処分のうちの過少申告加算税賦課決定処分の一部を取り消す旨の裁決をし、同裁決は同月二一日に原告らに送達された。

二  争点

1  本件更正処分の適法性(本件各動産はアサノの遺産に属するか)について

(一) 被告の主張

(1) 動産の価額

本件相続に係る相続財産には、別表Ⅱ「動産の明細表」記載の各動産(以下「本件各動産」という。)がある。本件各動産を財産評価基本通達に基づき評価すると、その価額は、同表「被告主張額・評価額」欄記載のとおりであり、合計四億五三五九万一一三七円である。

(2) 本件各動産のうちのアサノ名義以外の名義の動産について

本件各動産のうちには、アサノの遺産であることが明らかなアサノ名義の動産以外に原告らの名義の財産も含まれているが(別表Ⅱの「名義」欄参照)、本件相続開始日(平成四年一月一七日)においても、原告らの年齢は、原告裕代が満二〇歳、原告高幸が満一六歳で、いずれも学生であったところ、右各動産の購入のための原告ら名義の口座が開設されあるいは右各動産が購入された当時、原告らは一三歳以下の幼少であったこと、右各動産の中には、その購入のための口座の届出印やその印鑑票及び取引申込書の筆跡がいずれもアサノ名義の口座の届出印や筆跡と同一のものがあること、アサノ名義の口座から、多額の資産が原告ら名義の口座に振り替えられていることなどからすれば、原告ら名義の動産も、被相続人アサノの遺産である(ただし、別表Ⅱの順号92ないし102の財産中、同表の付表のとおりアサノの遺産から除外されるものを除く。)。

(3) 原告らの主張に対する反論

なお、原告らは、本件各動産のうち別表Ⅱの順号9以下記載の各預貯金等はアサノの遺産ではなく、太美子の遺産である預貯金等を原資とするものである旨主張するが、太美子の給与額や生活費等にかんがみれば、太美子が数億円もの財産を形成し得たとは考え難い。アサノは、以前から相当の財産を有していたのであって、これをその時々の家庭内の状況に合わせて、アサノ、太美子及び原告らの各名義の証券取引口座等を使用して運用していたにすぎず、太美子や原告らに贈与したとも認められない。

仮にアサノ名義の財産も含めた総額四億五〇〇〇万円にも及ぶ本件各動産がすべて太美子の遺産であったとすれば、太美子の死亡に係る相続税の申告がされているはずであるが、そのような形跡はない。

(二) 原告らの主張

(1) 本件各動産のうち別表Ⅱの順号9以下記載の各預貯金等は、いずれも、アサノの遺産ではなく、原告らの母である太美子の遺産である預貯金等を原資とするものである。

すなわち、太美子が死亡当時有していた太美子名義の預貯金・株式は、郵便貯金が三三七万円余り、国債証券等の現金預り金が一億円余りであり、他に株式が多数あって、合計二億円ほどであった。これらの預貯金等は、太美子死亡後、アサノ名義へ移し替えられているが、これは、アサノが原告らの承諾なしに行ったものである。また、太美子は、「西村太美子」、「畑田太美子」名義以外に、「西村アサノ」等の名義で株式を購入していた。そして、右預貯金・株式等は、太美子が勤務していた兵庫県からの俸給や夫豊治から別居中に送金された生活費、離婚に伴って支払われた合計約一九〇〇万円の慰謝料及び原告らの養育費を原資とするものであり、アサノの収入を原資とするものではない。

(2) 仮に、アサノの預貯金・株式等が太美子の預貯金・株式等に移されたことがあったとしても、それはアサノから太美子へ贈与されたものであり、アサノの遺産ではない。

(3) 仮に、原告ら名義の預貯金等が太美子の遺産を原資とするものでないとしても、それは、アサノが、原告らに、生前に贈与したものであり、原告らの固有財産であるから、アサノの遺産を構成するものではない。右贈与は、アサノが原告らの後見人に就職した昭和六〇年一〇月七日から死亡した平成四年一月一七日までの間に、順次行われた。

2  本件賦課決定処分の適法性

(一) 被告の主張

(1) 別表Ⅱの順号10、89、105ないし112の財産についての事実関係

ア 別表Ⅱの順号10の日興証券神戸支店の西村アサノ名義の口座で保護預かりされていた投資信託は、本件相続開始後の平成四年一月二四日、一九六万六四〇〇円で売却され、右売却代金は、同月二七日、「締後」扱いにより、指定された阪神銀行長田支店の西村裕代名義の普通預金口座(順号117の口座)に振り込む手続がなされ、翌二八日、同店の西村裕代名義の口座から出金された三一万八四八七円とともに(合計二二八万四八八七円)右普通預金口座に入金された。

イ 同表順号89の三菱銀行兵庫支店の西村アサノ名義のスーパーMMC(元本八〇〇万円)は、本件相続開始後の平成四年一月二二日に解約された。右解約金のうち、四〇二万一七四四円は同店の西村アサノ名義の普通預金口座(順号79の口座)に入金され、二〇〇万円は同店の西村アサノ名義の定期預金(順号90)に預け入れられ、その余は現金で出金された。

ウ 順号105ないし112のさくら銀行板宿支店の西村アサノ名義の定期預金は、一冊の定期預金通帳に記帳されていたが、そのうち順号107(元本一〇九万四八二五円)及び111(元本一〇六万六一五〇円)が、本件相続開始後の平成四年三月二三日に解約され、現金で出金された。

エ 原告らは、本件相続税の申告において、順号10、89、105ないし112の財産については、課税価格の基礎となる相続財産に計上していなかった。

オ 本件相続開始後におけるアサノの遺産の管理は、原告裕代がすべて行っていた。

(2) 過少申告加算税賦課決定処分について

本件更正処分が適法である以上、本件相続税に係る過少申告加算税の賦課決定処分も適法である。

なお、過少申告加算税について定める国税通則法六五条の四項にいう更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて「正当な理由」がある場合とは、申告が真にやむを得ない理由によるものであり、納税者に過少申告加算税を課すことが不当又は酷になる場合を意味し、単に過少申告が納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合はこれに該当しないところ、本件においては、そのような正当な理由は存しない。

(3) 重加算税賦課決定処分について

重加算税について定める国税通則法六八条一項の規定にいう事実の「隠ぺい」とは、納税者がその意思に基づいて、特定の事実を隠匿しあるいは脱漏することを、事実の「仮装」とは、納税者がその意思に基づいて、特定の所得、財産あるいは取引上の名義を装うなど事実を歪曲することをいうと解されるところ、原告裕代は、アサノの死亡後、その相続財産全体を管理する立場にあり、別表Ⅱの順号10、89、105ないし112の財産については、相続財産であることを認識しながら、一部を現金化し、あるいは自己名義の口座に移し替えるなどした上、故意に除外して課税価格の基礎となる相続財産に計上することなく、相続税の申告を行ったのであるから、本件相続税の課税価格の基礎となるべき事実である相続財産の存在の一部を隠ぺいしたというべきである。

原告らは、別表Ⅱの順号89、107ないし111のアサノ名義の定期預金を解約、出金した目的を理由に、重加算税の要件に該当しない旨主張するが、仮に解約、出金が原告ら主張の意図でされたとしても、その後の隠ぺい行為が否定されるわけではない。

(4) 被告職員による申告指導について

原告裕代が、前記財産の状況等について、被告職員の担当者に説明をしていたとすれば、右担当者は、相続財産として申告が必要である旨指導するはずであり、申告しなくてよい旨指導することはあり得ない。かえって、原告裕代は本件相続税の申告について、被告職員の担当者による指導を受けていたほか、三菱銀行兵庫支店の営業担当者や実父豊治に申告相談をしていたのであるから、右財産についても、相続財産として申告しなければならない旨重ねて認識していたはずであり、この点からも、原告裕代が右財産を故意に申告から除外し、隠ぺいしたことは明らかである。

(二) 原告らの主張

被告の主張の(1)記載の事実関係は認めるが、以下のとおり、本件賦課決定処分は違法である。

(1) 重加算税賦課決定処分について

原告裕代は、本件申告当時満二〇歳になったばかりで、アサノの財産についての詳細な事実関係の認識や法律知識はなく、長田税務署の指導に基づき申告を行ったものであり、自己の意思に基づき特定の事実を隠匿しあるいは脱漏したものではない。

ア 別表Ⅱの順号10の日興証券の投資信託が解約され、阪神銀行長田支店の西村裕代名義の普通預金口座に入金されたのは、生前にアサノと日興証券間で約束された端数振込の合意に基づくものであり、原告裕代はこの約束を知らなかった。

イ 順号89のスーパーMMCについては、八〇〇万円と記載して申告すべきところ、原告裕代は、三菱銀行兵庫支店の預金通帳からの転記誤りにより、順号90のスーパーMMC(〇円)を二〇〇万円と記載して申告したものであるから、隠ぺい又は仮装したものではない。

ウ アサノ死亡直後にアサノ名義の定期預金を解約、出金したのは、アサノの葬儀代や当面の生活費、学費に充当するためであり、社会通念上相当な範囲での出金であるから、重加算税の要件には該当しない。

(2) 過少申告加算税賦課決定処分について

順号79の普通預金については、一九万六〇八〇円と記載して申告すべきところ、原告らは、三菱銀行の預金通帳からの転記誤りにより、二二一万七八二四円と記載して申告したものであり、意図的に行ったものではない。

(3) 被告職員による申告指導について

原告らがアサノ名義以外の預貯金等を相続財産として申告しなかったのは、相続税の申告の相談時に、被告の担当職員がアサノ名義以外の預貯金等についても申告が必要である旨適切に指導しなかったことが原因であるから、重加算税及び過少申告加算税を賦課したことは不当である。

第三当裁判所の判断

一  争点1-本件更正処分の適法性(本件各動産はアサノの遺産に属するか)について

1  判断の前提となる事実関係及びこれに基づく推認

(一) 前記争いのない事実に証拠(甲六ないし一〇、二一、二三ないし二八、三二、三三、乙六の1、一〇の2、一二の2、一三、調査嘱託の結果、証人畑田豊治)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 太美子及びアサノの収入及び生活(支出)の状況

ア 太美子の生活

太美子は、昭和一〇年四月八日、西村亀吉(明治二七年二月六日生、昭和三一年死亡)とアサノ(明治三五年一一月一八日生)の三女として生まれた。

太美子は、昭和三三、四年ころ、神戸大学の理工科を卒業し、その後、教師及び家庭教師をしていたが、昭和三七年一月二二日ころ、兵庫県に就職し、昭和四五年七月一七日に豊治と婚姻し、「畑田」姓となった。ただ、昭和四九年九月ころまでは、勤務(海上自衛隊)の関係で豊治は単身赴任のような形になり、太美子は自宅でアサノと同居し、豊治と同居することはなかった。その間の昭和四六年一二月一日、長女の原告裕代が生まれた。昭和四九年九月、豊治の転勤により、豊治も太美子らと同居するようになり、昭和五〇年五月三〇日には、長男の原告高幸が生まれた。

しかし、豊治は、アサノとうまくいかず、昭和五一年ころからアサノ、太美子、原告らと別居するようになった。昭和五八年一月二〇日、太美子は、調停により、原告らの親権者を太美子と定めて豊治と離婚し、婚姻前の氏「西村」に復し、原告らをそのまま引き取った。そして、太美子は、原告らの親権者として家庭裁判所の許可を得て、同年四月一日、原告らの氏を「西村」に変更する旨の届出をした。昭和六〇年七月一八日、太美子は死亡し、同年一〇月四日、アサノが原告らの後見人に選任された。

イ 豊治から太美子への送金等

豊治は、婚姻した昭和四五年当時月収二〇万円弱を得ており、それから昭和五七年までの間に、現金(一部は物)で合計約七一七万円相当を太美子に送金又は交付した(そのうち、昭和五一年一一月から昭和五七年五月までは、一か月当たり四万円、六八か月分[昭和五七年六月分も含む]合計二七二万円を、原告らの養育費として、神戸家庭裁判所に寄託する方法によった。)。その他、豊治は、離婚の際に、慰謝料として太美子に約二〇〇万円を支払った。

(なお、原告らは、太美子は豊治から離婚に伴って合計約一九〇〇万円の慰謝料及び原告らの養育費の支払を受けた旨主張し、豊治もこれに沿う供述をするものの、その具体的な支払額、日時、支払方法を明らかにすることができないところ、豊治の供述によれば、豊治は、当時現金出納簿を付けており、昭和五七、八年ころの太美子との離婚調停の際には右現金出納簿に基づいて昭和四五年から昭和五七年までの間に現金(一部は物)で太美子に渡した金額を記載した送金等記録(甲第三二号証)を作成して証拠として提出した、というのであるが、右送金等記録には一〇〇〇円、二〇〇〇円という金額まで記載されているにもかかわらず、豊治が右のような具体的な支払額、日時、支払方法を明らかにすることができなかったことに照らすと、豊治の供述中、合計約一九〇〇万円の慰謝料及び原告らの養育費を支払った旨の部分は採用することができない。)

ウ 太美子の給与、退職金等

太美子は前記昭和三七年一月二二日から昭和六〇年七月一八日の死亡時まで兵庫県に勤務していたが、兵庫県公害研究所主任研究員をしていた死亡時の給与は月額三一万九〇〇〇円であり、退職手当は一一六一万一五二二円であった(ただし、当初は一一〇六万〇一七五円とされていたものが、条例の一部改正により差額が追加支給された。)。

エ アサノの収入

太美子の結婚当時、アサノは、いわゆる米のヤミ販売のようなことをしており、死亡時まで家賃収入もあった。

(2) 取引状況、口座開設、資金の動き等

ア アサノ名義の取引

アサノ名義の取引は、日興証券神戸支店において、昭和三七年九月一日から行われていた。

イ 豊治からの送金の原告ら名義預貯金への預入れ

太美子は、昭和四六年から同五一年までの間、豊治から送金又は交付された金員のうち一部を、原告裕代名義又は原告高幸名義の預貯金とした。そのうち、原告裕代名義の預貯金の預入額は、昭和四六年が五万円、昭和四七年が計二五万六〇〇〇円、昭和四八年が計二九万三〇〇〇円、昭和四九年が計一九万五〇〇〇円、昭和五〇年が計二三万五〇〇〇円、昭和五一年が計六万五〇〇〇円、以上合計一〇四万四〇〇〇円であり、原告高幸名義の預貯金の預入額は、昭和五〇年が計一〇万一〇〇〇円、昭和五一年が計六万五〇〇〇円、以上合計一六万六〇〇〇円であった。また、太美子は、遅くとも昭和四九年以降は、豊治から送金又は交付された金員のうち一部を生活費に回している。

ウ 太美子名義の口座の開設

日興証券神戸支店における畑田太美子名義の口座の開設は昭和五一年四月三〇日以前である。

岡三証券神戸支店における西村太美子名義の口座の開設は昭和五一年一〇月四日であり、畑田太美子名義の口座の開設は昭和五二年二月一八日である。

国際証券神戸支店における畑田太美子名義の口座の開設は昭和五六年七月一〇日以前である。

エ 太美子の遺品であるノート(甲第二一号証)の記載

太美子の遺品であるノート(甲第二一号証)には、昭和五二年八月三一日当時、西村アサノ、西村太美子、西村亀吉、畑田太美子、畑田裕代、西村温子の各名義の、株式会社ミドリ十字や佐藤工業株式会社等の株式多数を有しており、また、日興証券のファミリーファンド受益証券や、ナカイユキオ名義の日興証券のファミリーファンド、アサノ名義の三〇〇万円の定額預金も有している旨記載されている。

また、右ノートには、その後、ナカイユキオ、後藤、畑田太美子、西村アサノ、西村太美子、西村元宏、西村温子、西村多美子、西村アサ、畑田裕代、西村あさ、西村亀吉、原告高幸、中井幸雄の各名義で株式、投資信託等の取引をした旨記載されている。

(ただし、太美子の遺品であるノートに記載されているからといって、記載された株式等ないし取引が、太美子自身の資金が原資となった株式等ないし取引であるとまでは認められない。また、右ノートの記載は、その体裁からすれば、おおむね、単に一時期における株式や投資信託の残高を記載したものにすぎず、一定の期間にわたって継続的に株式等の取引経過を記載したものとは認め難い。)

オ 昭和五二年ころ以降太美子死亡時までの日興証券、国際証券の資金の動き

昭和五二年一月二八日から平成四年一月二八日までの間の、日興証券神戸支店における、西村アサノ、西村裕代、西村高幸、畑田太美子、西村太美子の各名義の口座の入金及び出金の状況は、別表Ⅲ1(「畑田太美子」欄は口座番号五〇八八一の口座)及び別表Ⅲ2記載のとおりであり、昭和五二年六月八日から昭和六三年七月八日までの間の、国際証券神戸支店における、西村アサノ、西村裕代、西村高幸、畑田太美子、西村太美子の各名義の口座の入金及び出金の状況は、別表Ⅳ記載のとおりである。

右によれば、国際証券における太美子名義の口座や、日興証券における「畑田太美子」名義の二口座のうち口座番号五〇八八一については、太美子が死亡した昭和六〇年七月一八日まで増加し続けており、日興証券における「畑田太美子」名義の二口座のうち他の口座番号二八〇二〇八についても、頻繁に取引が行われるようになったのは昭和五五年一月以降のことであり、それ以前は株式の預託がなされる程度であった(昭和五三年四月一四日に右口座において保護預かりとなっている株式の銘柄は一六銘柄であるが、そのうち半数は昭和五一年以降に預けられた株式である。)。そして、日興証券神戸支店については、アサノ名義の口座(昭和三七年九月一日開設)から、昭和五二年五月二六日から昭和五九年八月三〇日までの間に、合計八五四一万七〇〇七円の現金出金がなされており、特に昭和五五年八月までに限ると、継続して合計六六〇一万八八四五円の現金出金がなされているのに対して、同店の「畑田太美子」名義の二口座(口座番号五〇八八一及び同二八〇二〇八)には、ほぼ継続して合計五一六〇万二九五六円の現金入金がなされている。しかも、「畑田太美子」名義の二口座に現金入金されている日付と、アサノ名義の口座から現金出金されている日付とが同日であり、入出金されている金額も同額ないしはほぼ同額であるものが、複数ある。

カ 太美子名義、原告ら名義の口座の開設

国際証券神戸支店における西村太美子名義の口座の開設は昭和五八年七月一三日ころである。和光証券神戸支店における西村太美子名義の口座の開設は、昭和五八年七月二九日である。日興証券神戸支店における西村太美子名義の口座の開設は昭和五九年一二月一五日ころである。

昭和五九年一一月一三日(当時、原告裕代は満一二歳、原告高幸は満九歳)、日興証券神戸支店において、「西村裕代」及び「西村高幸」名義の口座が開設された。

キ 太美子死亡時(昭和六〇年七月)の状況

太美子死亡の昭和六〇年七月一八日現在、アサノ名義の日興証券の取引口座の残高は零であり、また、三菱銀行兵庫支店にはアサノ名義の取引口座はなく、同銀行同支店のアサノ名義の口座は、昭和六一年二月以降に開設された。

なお、太美子死亡時(原告裕代は満一三歳、高幸は満一〇歳)の郵便貯金の残高は、太美子名義の四口がそれぞれ一八一万一三九六円、一一〇万二二五五円、一九万三〇二三円、一五二万〇〇八八円、原告高幸名義のものが八万七八一二円、原告裕代名義のものが三万五〇七三円であり、右原告裕代名義の郵便貯金口座では六〇万円や三〇万円の出金もあった。

ク 太美子死亡後の状況

太美子死亡後の、アサノ、太美子及び原告らの名義の各口座間の預貯金や株式の入出金の状況ないし流れは、おおむね別表Ⅴ、別表Ⅵ、別表Ⅲ1(昭和六〇年九月二五日以降の欄)、別表Ⅲ2(昭和六〇年八月一三日以降の欄)及び別表Ⅳ(昭和六〇年八月八日以降の欄)のとおりである。

右によれば、太美子の死亡後、太美子名義の国際証券における株式は、別表Ⅶのとおり、アサノが、解約して現金化したか、返却手続をとった。右現金化された金額は九二七八万二六五二円であり(別表Ⅶ)、そのほとんどが国際証券のアサノ名義の口座へ移動され(別表Ⅴ)、返却された株式五万二五七三株は、大部分が日興証券へ移され(別表Ⅵ)、一部は、その後原告らの口座へ移されたり、売却して投資信託にされたりしている。

また、太美子が死亡した昭和六〇年七月一八日以後における日興証券神戸支店の原告ら名義の各口座への入金は、そのほとんどが、同店のアサノ名義の口座から出金された現金が入金されたものである(別表Ⅲ1の「西村アサノ・出金」欄、「西村裕代・入金」欄及び「西村高幸・入金」欄参照。)。

なお、昭和六一年六月六日、大和証券神戸支店において、「西村アサノ」名義の口座が開設され、同月一七日、「西村高幸」名義の口座が開設された。

(3) 具体的な取引状況

ア 太美子の生前

日興証券神戸支店の志賀國太郎(以下「志賀」という。)がアサノや太美子、原告ら名義の取引の担当者であった昭和五九年二月から同六一年九月までの間、アサノは、毎月のように多額のクーポン(投資信託及び債券の利札)を右支店の窓口に持参し、利息を受け取っていた。また、志賀は、アサノ名義の一〇〇〇万円以上の複数の有価証券の満期金で、いわゆる「募集もの」(投資信託)を購入してもらうため、当初は、アサノ一人に対して有価証券の説明を行っており、有価証券を購入するかどうかの判断もアサノがしていた。途中からは、アサノが高齢なこともあり、太美子から、有価証券の取引の説明は自分にしてほしいとの依頼を受けたので、アサノ同席の上、太美子に有価証券の説明を行うようになり、太美子がその有価証券を購入するかどうかの判断をしていた(ただし、このような形態は、太美子が死亡する昭和六〇年七月一八日までの短い期間のことである。)。志賀は、アサノのことを一〇〇〇万円以上の高額な有価証券を所有している資産家であると認識しており、自己の後任者に対しても、アサノは一〇〇〇万円以上の取引が可能な大切な顧客である旨引き継いだ。しかし、志賀は、将来アサノの財産は太美子のものになると思っていたので、アサノがどのような経過で多額の有価証券を所有することになったのか、太美子名義の財産がどのようにして形成されたのか、購入する有価証券の資金を誰が出していたのかについては、関心がなく、アサノにも太美子にも尋ねることはしなかった。

イ 太美子死亡後

日興証券神戸支店の志賀の後任者である岡田博之(以下「岡田」という。)は、太美子死亡後の昭和六一年九月から同六三年九月までの間、売買の承諾及び指示は、すべてアサノから受けており、また、アサノから、亡西村亀吉が残した端株を多数所有していると聞いていた。アサノは、岡田に対し、かねて孫に当たる原告らのために財産を残してやりたいと述べていた。

(4) 太美子死亡の際の相続税の申告

太美子死亡に係る相続について、原告ら(原告らの後見人であるアサノ)は相続税の申告をしていない。

(二) 右(一)認定の事実によれば、(1)日興証券神戸支店のアサノ名義の口座が開設されたのは昭和三七年のことであるところ、太美子が兵庫県に就職したのが同じ昭和三七年のことであり、その当時太美子は資産をさほど有していなかったものと推認されるから、太美子があえてアサノ名義を使用して株式等の取引をするとは考え難く、右アサノ名義の口座はアサノの資産を原資とする取引のためのものであると推認できること、(2)また、太美子は、昭和五八年一月二〇日豊治と離婚し、当時まだ小さかった原告ら(原告裕代は昭和四六年生まれ、原告高幸は昭和五〇年生まれ)を引き取って育てており、太美子が兵庫県から支給されていた給与の額(死亡時で月額三一万九〇〇〇円であるので、それ以前はそれより低額であると推認することができる。)及び豊治から送金又は交付された約七一七万円は支払期間が昭和四五年から同五七年という長期間にわたるものであり、しかも、その一部は、遅くとも昭和四九年以降は生活費に回されるようになったことなどを考慮すれば、太美子が遺品のノート(甲第二一号証)に昭和五二年八月三一日時点での株式等の保有状況を記載した当時、太美子が多額の資産を形成していたとは考え難いこと、(3)そして、昭和五二年以降のアサノ、太美子、原告らの名義の口座間の資金の動きとしては、大まかにいって、アサノ名義の口座から太美子名義や原告ら名義の口座に資金が移動しているということができること、(4)仮に、アサノ死亡時で約四億五〇〇〇万円にも上る本件各動産のすべてが、太美子から原告らに相続された財産ないしそれを原資とするものであるとすれば、当然太美子の相続について相続税の申告がなされているはずであるのに、原告らの後見人たるアサノは右相続税の申告をしていないところ、アサノは、太美子と同居していたので、太美子の遺産も容易に把握し得たはずであり、また、アサノがあえて太美子の遺産を隠匿して原告らの相続税について脱税しようとしたとは考え難いから、アサノは太美子にみるべき財産がなかったものと認識していたと推認できること、以上のことを総合して考えると、大まかにいって、アサノ死亡時のアサノ名義及び原告ら名義の動産は、太美子から原告らに相続された財産ではなく、アサノの遺産であると推認することができる。

原告らは、アサノの預貯金・株式等が太美子の預貯金・株式等に移されたことがあったとしても、それはアサノから太美子へ贈与されたものである旨主張する。しかし、預貯金・株式等の運用状況にかんがみると、単に、アサノが太美子名義の口座等を利用していただけであると考えるのが自然であり、それ以上に、アサノが太美子に贈与したものであることを窺わせる事情を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張は採用することができない。

2  本件各動産がアサノの遺産に属するかについての個別的検討及び評価額

(一) アサノ名義の動産について

(1) 本件各動産(別表Ⅱ記載の動産)のうち、アサノ名義の個々の動産は、これがアサノの遺産でないことを窺わせるような事情を認めるに足りる証拠はなく、前記1認定判断のとおりアサノの遺産と認めることができる。

(2) 右アサノ名義の各動産の評価額は、以下のとおりである。

ア 別表Ⅱの順号9の投資信託

弁論の全趣旨によれば、順号9の投資信託は、平成三年一二月一七日に一口当たり一円で四七万七二〇八口設定されており、平成四年一月一七日現在の評価額は四七万八七八二円(一万口当たり一万〇〇三三円)であることが認められる。

イ 順号75の株式

弁論の全趣旨によれば、順号75の株式は、一〇〇〇株で六八万五〇〇〇円であることが認められる。被告は、一〇三〇株で七〇万五五五〇円であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

ウ 順号79の普通預金

順号79の普通預金が一九万六〇八〇円であることは当事者間に争いがない。

エ 順号80ないし88のスーパーMMC

弁論の全趣旨によれば、順号80ないし84のスーパーMMCは、いずれも平成三年四月一三日に元本八三六万九九二〇円として設定され、平成四年一月一七日現在の評価額はいずれも利息を含めて八五二万三七二三円であること、順号85ないし88のスーパーMMCは、順に、平成三年四月一三日、同日、同年五月九日、同年六月二五日に、元本をそれぞれ九四一万六一六〇円、一〇三五万一四四六円、一〇四七万二〇〇〇円、五七〇四万一〇〇六円として設定され、平成四年一月一七日現在の評価額は、順に、利息を含めて九五八万九一八八円、一〇五四万一六六〇円、一〇六四万五九一七円、五七八〇万九七七四円であることが認められる。被告は、順号86について、元本が一〇三五万一四六六円、評価額が一〇五四万一六八〇円であると主張するが、元本一〇三五万一四四六円、評価額一〇五四万一六六〇円を超える分を認めるに足りる証拠はない。

オ 順号89のスーパーMMC

弁論の全趣旨によれば、順号89のスーパーMMCの評価額は八〇三万六五一四円であることが認められる。

カ 順号90のスーパーMMC

順号90のスーパーMMCがアサノの遺産でないことは当事者間に争いがない。

キ 順号106ないし111の定期預金について

弁論の全趣旨によれば、順号106ないし111の定期預金は、順に、平成三年二月五日、同年三月一六日、同年六月二八日、同年九月二日、同年二月二三日、同年三月一七日に、元本をそれぞれ三二八万二七〇六円、一〇九万四八二五円、一一〇万七二九七円、一一〇万七二九七円、二一三万二三〇〇円、一〇六万六一五〇円として設定され、平成四年一月一七日現在の評価額はそれぞれ三三九万六七二二円、一一二万八五六四円、一一二万九八五八円、一一一万二二八三円、二二〇万二五〇七円、一〇九万八八九七円であることが認められる。なお、順号110について、被告は二二〇万二〇七九円と主張するが、単に利息計算において経過日数を三二八日として計算すべきところを誤って三二六日として計算しただけの違いであると推認される。

ク その余の動産

弁論の全趣旨によれば、その余のアサノ名義の動産の評価額は、別表Ⅱ「被告主張額・評価額」欄記載のとおりであることが認められる。

(二) アサノ名義以外の名義の動産について

(1) 別表Ⅱの順号11ないし68の財産(日興証券神戸支店における取引)

昭和五九年一一月一三日、日興証券神戸支店において「西村裕代」及び「西村高幸」名義の口座が開設された当時、原告裕代は満一二歳、原告高幸は満九歳であったこと、昭和六三年七月八日、右「西村裕代」及び「西村高幸」名義の口座の届出印が改められたが、右改印後の印鑑及び印鑑票の筆跡は、いずれも、同支店の「西村アサノ」名義の口座の届出印及び印鑑票の筆跡と同一のものであったこと、本件相続開始時における右「西村裕代」名義の口座に順号11ないし41の財産が、右「西村高幸」名義の口座に順号42ないし68の財産が、それぞれ保護預かりされていたことは、当事者間に争いがなく、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、右「西村裕代」及び「西村高幸」名義の口座の取引は、その原資のほとんどが右「西村アサノ」名義の口座から振り替えられた金員であったことが認められる。

右事実によれば、順号11ないし68の財産は、いずれもアサノの遺産と推認することができる。

(2) 順号71の財産(大和証券神戸支店における取引)

昭和六一年六月一七日、大和証券神戸支店において「西村高幸」名義の口座が開設されたが、当時、原告高幸は満一一歳であり、また、右開設に係る総合取引申込書の筆跡は、前記(1)の日興証券神戸支店の「西村裕代」及び「西村高幸」名義の口座の改印後の印鑑票の筆跡と同一のものであったことは当事者間に争いがなく、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件相続開始時における右「西村高幸」名義の口座に順号71の財産が保護預かりされていたこと、右財産は、右口座が開設された日と同日に取得されたものであることが認められる。

右事実によれば、順号71の財産は、アサノの遺産と推認することができる。

(3) 順号72の財産(関西電力株)

順号72の財産(関西電力株)の名義人は平成元年一月一七日以前から西村高幸であることは当事者間に争いがなく、同日現在の原告高幸の年齢が満一三歳であることからすると、右財産はアサノの遺産と推認することができる。

(4) 順号77及び78の財産(伊藤ハム株)

順号77及び78の財産(伊藤ハム株)の名義は、畑田裕代及び畑田高幸であるが、原告らの氏が畑田であったのは、太美子と豊治の離婚に伴い「西村」に変更する旨の届出がされた昭和五八年四月一日より前のことであり、同日における原告らの年齢がそれぞれ一一歳、七歳であったことからすると、右財産はアサノの相続財産と推認することができる。

(5) 順号92ないし102の財産(三菱銀行兵庫支店における取引)

ア 本件相続開始時において、三菱銀行兵庫支店における西村裕代名義のスーパMMCは、順号92ないし97記載のものが、また、同店における西村高幸名義のスーパーMMCは、順号98ないし102記載のものが存することは当事者間に争いがなく、証拠(乙六の1~4)及び弁論の全趣旨によれば、右各預金の預入日は、平成二年四月一三日から同三年一二月二七日にわたっており、その原資は、三菱銀行兵庫支店における西村裕代名義の定期預金の元利合計三二三七万三一四八円及び西村高幸名義の定期預金の元利合計二三七二万〇五七四円等が充てられたものであるが、右定期預金等が設定された当時、原告裕代は一八歳未満、原告高幸は一五歳未満であったことが認められる。

右事実によれば、順号92ないし102の財産は、後記イにおいて説示する、太美子の死亡に伴う遺族年金や生命保険金に由来することが明らかなもの以外は、原告らの当時の年齢からしてその資金を原告らが有していたものとは考え難いから、いずれもアサノの遺産と推認することができる。

イ 順号92ないし102の財産のうち太美子の死亡に伴う遺族年金や生命保険金に由来する分について

〈1〉 順号92ないし95の財産

順号92ないし95の財産は、平成二年四月一三日に預け入れられたものであり、その元本は別表Ⅱ付表の「92ないし95」欄の〈3〉「当初預入金額」欄記載のとおり三二三七万三一四八円であったこと、右は、平成二年四月一三日に解約された同店の西村裕代名義の定期預金の元利合計三二三七万三一四八円を原資とするものであったが、右解約された定期預金のうち一六七三万〇八六一円(〈5〉欄)は、太美子の死亡に伴い、原告らに支払われた生命保険金、退職金及び遺族年金(以下「遺族年金等」という。)を原資とするものであったことは、当事者間に争いがない。

そこで、順号92ないし95の財産の本件相続開始時の評価額三四四九万二四六七円(〈2〉欄)を、同財産の預入時の元本三二三七万三一四八円のうちに遺族年金等を原資とする一六七三万〇八六一円が占める割合によって按分すると、一七八二万六一五二円(〈6〉欄)は、アサノの遺産から除かれることとなる。

〈2〉 順号96の財産

順号96の財産は、平成二年五月三〇日に預け入れられたものであり、その元本は、別表Ⅱ付表の「96」の〈3〉「当初預入金額」欄記載のとおり三〇〇万円であったこと、右は、和光証券神戸支店の「西村裕代」名義の口座で売却された転換社債の代金を原資とするものであること、さらに、右転換社債は、昭和六二年九月一一日、右口座において三〇〇万円で取得されたものであるが、その前日に三菱銀行兵庫支店の「西村アサノ」名義の普通預金口座から二〇〇万円が現金出金されていること、同店の「西村裕代」名義の普通預金口座から遺族年金等を原資とする八〇万円が現金出金されていること及び右八〇万円の出金を記した預金通帳の部分に「和光証券へ」という書込みがあることは、当事者間に争いがなく、このことからすると、右現金八〇万円(〈5〉欄)は、右転換社債の取得原資の一部に充てられたものと推認することができる。

そこで、順号96の財産の相続開始時の評価額三一八万九二八四円(〈2〉欄)を、右三〇〇万円のうちに右現金八〇万円が占める割合によって按分すると、八五万〇四七六円(〈6〉欄)は、アサノの遺産から除かれることとなる。

〈3〉 順号98ないし100の財産

順号98ないし100の財産は、平成二年四月一三日に預け入れられたものであり、その元本は、別表Ⅱ付表の「98ないし100」欄の〈3〉「当初預入金額」欄記載のとおり、二七六一万五四五九円であったこと、右は、平成二年四月一三日に解約された同店の西村高幸名義の定期預金の元利合計二三七二万〇五七四円をその原資の一部とするものであったが、右解約された定期預金のうち、一七一万八三二九円(〈5〉欄)は、太美子の死亡に伴い、原告らに支払われた遺族年金を原資とするものであったことは、当事者間に争いがない。

そこで、順号98ないし100の財産の相続開始時の評価額二九四二万三三一五円(〈2〉欄)を、同財産の預入時の元本二七六一万五四五九円のうちに右一七一万八三二九円が占める割合によって按分すると、一八三万〇八二〇円(〈6〉欄)は、アサノの遺産から除かれることとなる。

〈4〉 順号101の財産

証拠(乙六の4)及び弁論の全趣旨によれば、順号101の財産は、平成二年五月九日に預け入れられたものであり、その元本は、別表Ⅱ付表の「101」欄の〈3〉「当初預入金額」欄記載のとおり四四〇万円であったこと、右の原資のうち、四三八万六五〇一円は、和光証券神戸支店の西村高幸名義の口座から振込入金されたものであり、預入金額四四〇万円との差額一万三四九九円は、原告らに支払われた遺族年金等を原資とするものであったことが認められる(右西村高幸名義の口座から振込入金された四三八万六五〇一円は、原告高幸の年齢を考慮すると、アサノに帰属するものと認められる。)。

そこで、順号101の財産の相続開始時の評価額四六八万四二〇二円(〈2〉欄)を、右預入金額四四〇万円のうちに右差額一万三四九九円が占める割合によって按分すると、一万四三七一円(〈6〉欄)は、アサノの遺産から除かれることとなる。

〈5〉 以上、順号92ないし102の財産のうち、太美子の死亡に伴う遺族年金等に由来する分として、アサノの遺産から除かれることとなる右〈1〉ないし〈4〉の合計金額は、別表Ⅱ付表の「計」欄の〈6〉欄記載のとおり二〇五二万一八一九円となる(別表Ⅱの順号103の「被告主張額・評価額」欄)。

(6) 順号115、116の財産(郵便局における取引)

証拠(乙七)及び弁論の全趣旨によれば、順号115の西村裕代名義の通常貯金は、原告裕代が一八歳の学生であった平成二年二月一五日に一一五万三六九九円を新規に預け入れて開設されたものであり、順号116の西村裕代名義の定額貯金は、平成三年八月一四日に二〇〇万円を預け入れて設定されたものであること、右定額貯金二〇〇万円のうち七〇万円は、同日右通常貯金から出金して預け入れられたものであることが認められる。

右事実によれば、順号115及び116の財産は、アサノの遺産と推認することができる。

(7) 順号117、118の財産(阪神銀行長田支店における取引)

前記認定事実、証拠(乙八の1・2)及び弁論の全趣旨を総合すると、順号117の西村裕代名義の普通預金口座は、原告らの学費の引き落とし口座であり、日興証券神戸支店の「西村アサノ」、「西村裕代」及び「西村高幸」名義の口座から入金されていること、順号118の財産は、平成三年四月三〇日に預け入れられたものであるが、その原資は右順号117の普通預金口座からの振替金であることが認められる。

右事実によれば、順号117及び118の財産は、アサノの遺産と推認することができる。

(8) 順号119の財産(関西信用金庫丸山支店における取引)

前記認定事実、証拠(乙九の1~3)及び弁論の全趣旨を総合すると、順号119の財産は、関西信用金庫丸山支店において、昭和六一年二月一九日に預け入れられた西村高幸名義の定期預金であるが、その原資は、同店の西村アサノ名義の普通預金からの振替金であること、また、昭和六二年一一月四日、右定期預金の届出印がアサノの印鑑に改印されていることが認められる。

右事実によれば、順号119の財産は、アサノの遺産と推認することができる。

(9) 順号115ないし119の財産に関する原告らの主張について

原告らは、前記(6)ないし(8)の順号115ないし118の原告裕代名義の各預貯金及び順号119の原告高幸名義の預金は、原告らが小遣い及び祝い金等としてもらった金員や原告裕代自身がアルバイトをして得た収入を預け入れたものであるから、原告ら固有の財産であると主張する。

しかし、本件相続開始時点(平成四年一月一七日)で満二〇歳であった原告裕代が小遣い及び祝い金等としてもらった金員やアルバイト収入で約六〇〇万円もの貯蓄(順号115ないし118の合計六〇四万一六四七円)をしていたとは一般論として考え難いだけでなく、証拠(乙一五、一六の1・2)によれば、原告裕代が株式会社ユニタス(ライセンス・アカデミー)でアルバイトをしていたのは、平成二年六月ころから平成三年四月までのことであり、その収入は、毎月一回さくら銀行六甲支店の原告裕代名義の普通預金口座に振り込まれていたところ、平成二年一〇月九日(三万三〇〇〇円)から最終の振込みである平成三年五月二四日(二万九八八〇円)までの間の八回分の合計は三四万五七六〇円にすぎず、平成二年一〇月から平成四年一月一七日までの間の同口座からの出金の合計は一三万八一〇三円で、同日現在の残高は四七万二〇二一円であることが認められ、原告裕代が他にいかなるアルバイトをし、どれだけの額の収入を得ていたかを認めるに足りる証拠はないから、原告裕代が約六〇〇万円もの貯蓄の原資を有していたとは考え難い。順号119の原告高幸名義の定期預金については、前記(8)説示のとおり、その原資はアサノ名義の普通預金からの振替金であるから、原告高幸が小遣い及び祝金等としてもらった金員を預け入れたものでないことが明らかである。

したがって、原告らの右主張は採用することができない。

(10) アサノから原告らに贈与されたとの原告らの主張について

原告らは、原告ら名義の預貯金等が太美子の遺産を原資とするものではないとしても、それは、アサノが原告らに対し、アサノが原告らの後見人に就職した昭和六〇年一〇月七日から死亡した平成四年一月一七日までの間に順次贈与したものである旨主張する。

祖母(アサノ)が、孫であり自己の将来の相続人である原告らに対して、その財産を贈与することは一般にはあり得ることではあるが、本件においては、預貯金等の名義が原告らとされたこと以外に、本件各動産中原告ら名義の預貯金等がアサノから原告らに贈与されたとする具体的根拠や事情を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、祖母であるアサノが原告らを監護養育していること、昭和六〇年ないし平成四年当時の原告らの年齢、贈与を受けたと主張する原告ら名義の預貯金等の総額に照らすと、アサノがその財産を原告らの名義で運用していたにすぎないとみるのが相当であり、贈与されたものとは認め難いから、右主張も採用することができない。

(三) 本件各動産の評価額の合計

以上によれば、アサノの遺産中、本件各動産の評価額の合計は、四億五三五七万〇九九五円となる(別表Ⅱの「被告主張額・評価額」欄の金額中、順号75の財産につき七〇万五五五〇円を二万〇五五〇円減じて六八万五〇〇〇円とし[前記(一)(2)イ参照]、順号86の財産につき一〇五四万一六八〇円を二〇円減じて一〇五四万一六六〇円とし[前記(一)(2)エ参照]、順号110の財産につき四二八円増やして二二〇万二五〇七円とする[前記(一)(2)キ参照]以外は、同「被告主張額・評価額」欄記載の金額の合計)。

3  相続税額

(一) 不動産の価額

本件相続に係る相続財産には、別表Ⅷ記載の各不動産があり、これを財産評価基本通達等に基づき評価すると(ただし、同表順号3の土地については、別表Ⅷ付表のとおり、平成六年法律二二号による改正前の租税特別措置法六九条の三の規定に基づき減額した後の金額)、その価額は、同表「評価額」欄記載のとおりであり、合計二億四七三八万六五三一円であることは、当事者間に争いがない。

(二) 債務・葬式費用

弁論の全趣旨によれば、債務・葬式費用は原告ら各人につき一二九万六六六〇円(合計二五九万三三二〇円)であることが認められる。

(三) 課税価格

原告らが法定相続分(各二分の一)に従い相続財産を取得したものとして計算すると、原告ら各人の課税価格は、右(一)の不動産の価額の各二分の一(端数の関係で一億二三六九万三二六六円と一億二三六九万三二六五円)と前記2(三)の本件各動産の評価額の合計四億五三五七万〇九九五円の各二分の一(端数の関係で二億二六七八万五四九七円と二億二六七八万五四九八円)の合計額である三億五〇四七万八七六三円から右(二)の債務・葬式費用一二九万六六六〇円を控除した三億四九一八万二一〇三円の千円未満を切り捨てた三億四九一八万二〇〇〇円となる。

(四) 相続税額の計算

右を前提に関係法条を適用すると、原告らの納付すべき税額は、以下のとおり、原告裕代が一億三〇〇七万五一〇〇円、原告高幸が一億二九八三万五一〇〇円となる。

課税される遺産総額は、右(三)の原告ら各人の課税価格の合計額六億九八三六万四〇〇〇円から遺産に係る基礎控除額六七〇〇万円(四八〇〇万円に九五〇万円の二倍を加えた額)を控除した六億三一三六万四〇〇〇円であり、これを法定相続分に従って按分すると各三億一五六八万二〇〇〇円となる。これに相続税法一六条が定める税率を乗ずると、各人の相続税の総額の基礎となる税額は、一億三〇〇七万五一〇〇円となり、その合計である相続税の総額は二億六〇一五万〇二〇〇円となる。原告ら各人の課税価格三億四九一八万二〇〇〇円がその課税価格の合計額六億九八三六万四〇〇〇円に占める割合はそれぞれ二分の一であるから、原告ら各人の相続税額は、それぞれ右相続税の総額二億六〇一五万〇二〇〇円に右割合を乗じた一億三〇〇七万五一〇〇円となる。そして、原告高幸については、本件相続時に満一六歳であったから、未成年者控除の適用があり、その額は六万円に四年を乗じた二四万円である。したがって、原告らの納付すべき税額は、原告裕代が右一億三〇〇七万五一〇〇円であり、原告高幸が二四万円を控除した一億二九八三万五一〇〇円である。

4  争点1-本件更正処分の適法性についてのまとめ

以上によれば、納付すべき税額を原告裕代につき一億三〇〇七万四五〇〇円、原告高幸につき一億二九八三万四五〇〇円とした本件更正処分(本件裁決により一部取り消された後のもの)は、いずれも右3の納付すべき税額の範囲内でなされたものであるから、適法というべきである。

二  争点2-本件賦課決定処分の適法性について

1  原告裕代に対する重加算税賦課決定処分(及び過少申告加算税賦課決定処分)について

(一) 原告らが、本件相続税の申告において、別表Ⅱの順号10、89、105ないし112の財産については、課税価格の基礎となる相続財産に計上していなかったこと、本件相続開始後におけるアサノの遺産の管理は、原告裕代がすべて行っていたことは、当事者間に争いがない。

しかして、重加算税の制度は、納税者が過少申告をするについて隠ぺい、仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を科することによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものであるから、重加算税を課するためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠ぺい、仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に、隠ぺい、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要するものと解すべきである。

(二) そこで、原告裕代が順号10、89、105ないし112の財産について、課税価格の基礎となる相続財産に計上していなかったことにつき、右のような隠ぺい、仮装と評価すべき行為が存在したか否かにつき検討する。

(1) 別表Ⅱの順号10の財産

ア 前記争いのない事実(第二の二2(一)(1)ア)並びに証拠(甲三四、乙一の2~4、一九、二〇、二一の2)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

順号10の財産(二〇〇口の新実力成長株九一一一)は、日興証券神戸支店の西村アサノ名義の口座(口座番号三五六-三〇一六五五)で保護預かりされていたものであるが、本件相続開始後の平成四年一月二一日の約定により、同月二四日に一九六万六四〇〇円で売却された。同支店の原告裕代名義の口座で保護預かりとされていた順号41の財産(四〇〇口の新実力成長株九一一一)及び原告高幸名義の口座で保護預かりされていた順号67の財産(二〇〇口の新実力成長株九一一一)も、同月二一日の約定により、同月二四日、それぞれ三九三万二八〇〇円、一九六万六四〇〇円で売却された。

アサノ名義の口座で保護預かりされていた分の売却代金は、同月二七日、「締後」扱いにより、指定された阪神銀行長田支店の西村裕代名義の普通預金口座(順号117の口座)に振り込む手続がなされ、翌二八日、同店の西村裕代名義の口座から出金された三一万八四八七円とともに(合計二二八万四八八七円)右普通預金口座に入金された。

なお、原告裕代は、平成四年二月七日、日興証券神戸支店に対し、口座番号三五六-五五四一六二の口座について、右阪神銀行長田支店の西村裕代名義の普通預金口座(順号117の口座)を振込口座として届けているが、右口座番号三五六-五五四一六二の口座は、順号10の財産が保護預かりされていたアサノ名義の口座(口座番号三五六-三〇一六五五)ではなく、原告裕代名義の口座である。また、右西村裕代名義の普通預金口座は、日興証券の原告ら名義の各口座から有価証券の運用益が継続的に振込入金されているとともに、原告らの学資の支払口座となっている。

イ 右ア認定の事実によれば、平成四年一月二一日には、アサノ名義の口座で保護預かりされていた順号10の財産だけではなく、原告ら名義の各口座で保護預かりされていた順号41及び67の財産も売却の約定がされており、右売却は、あえてアサノ名義の(口座で保護預かりされていた)財産という点に着目してされたわけではなく、新実力成長株九一一一という金融商品に着目してされたものであると推認することができる。また、右約定は、原告裕代が成年に達してから二か月弱しか経っていない時期に、しかもアサノ死亡後一週間以内にされたものであり、アサノの生前の指示によってされた可能性も否定できない。さらに、右約定により売却されて原告裕代名義の口座に入金された一九六万六四〇〇円という金額は、相続時のアサノ名義の動産約一億八〇〇〇万円の一パーセント強にすぎないことをも考慮すると、順号10の財産の売却及び原告裕代名義の口座への入金は、相続財産を過少に申告する意図でしたものとは認め難く、隠ぺい、仮装行為であるとまで評価することはできない。

(2) 順号89、105ないし112の財産

ア 順号89の三菱銀行兵庫支店の西村アサノ名義のスーパーMMC(元本八〇〇万円)は、本件相続開始後の平成四年一月二二日に解約され、右解約金のうち、四〇二万一七四四円は同店の西村アサノ名義の普通預金口座(順号79の口座)に入金され、二〇〇万円は同店の西村アサノ名義の定期預金(順号90)に預け入れられ、その余は現金で出金されたことは当事者間に争いがなく(前記第二の二2(一)(1)イ)、弁論の全趣旨によれば、順号80ないし89の同店のアサノ名義のスーパーMMCの口座番号・預金番号は、四六八三八-一一ないし二〇であることが認められる。

また、順号105ないし112のさくら銀行板宿支店の西村アサノ名義の定期預金は、一冊の定期預金通帳に記帳されていたが、そのうち順号107(元本一〇九万四八二五円)、111(元本一〇六万六一五〇円)が、本件相続開始後の平成四年三月二三日に解約され、現金で出金されたことは、当事者間に争いがなく(前記第二の二2(一)(1)ウ)、証拠(乙二二)によれば、右各定期預金の満期は、それぞれ平成四年三月一六日、同月一七日であったことが認められる。

そして、証拠(甲三四)によれば、右預金の解約等は、原告裕代が、アサノの治療費・入院費、葬式費用、原告らの生活費、学費等の支払に充てるためにしたものであることが認められる。

イ 右アの事実によれば、原告裕代は、順号89の三菱銀行兵庫支店の西村アサノ名義のスーパーMMC(元本八〇〇万円)を解約したが、右解約金のうち、六〇二万一七四四円は再びアサノ名義の預金口座に入金しており、アサノ名義の動産でなくなった額は約二〇〇万円であって、相続時のアサノ名義の動産約一億八〇〇〇万円の一パーセント強にすぎず、また、口座番号・預金番号からすると順号80ないし89の同店のアサノ名義のスーパーMMCは一冊の通帳に記帳されているものと推認できるのに、順号89以外の九口(順号80ないし88)については、解約したなどの事情は窺われない。順号107(元本一〇九万四八二五円)及び111(元本一〇六万六一五〇円)のさくら銀行板宿支店の西村アサノ名義の定期預金についても、原告裕代が解約して現金で出金したが、右出金額は約二二〇万円であって、相続時のアサノ名義の動産約一億八〇〇〇万円の一パーセント強にすぎず、また、右二口の定期預金の他に六口の定期預金(順号105、106、108、109、110、112)が一冊の通帳に記帳されているのに、右六口の定期預金(合計約一一〇〇万円)は解約等がされていない(証拠[乙二二]によれば、順号110の定期預金は、平成四年二月二三日が満期であったが、継続されていることが認められる。)。

これらの事情に、原告裕代は、解約金を、アサノの治療費・入院費、葬儀費用、原告らの生活費、学費等の出費に充てたこと、原告らは当時学生で、収入がなかったことを併せ考えると、右解約・現金出金は、当面の出費のためにしたものとみるのが相当であり、相続財産を過少に申告する意図で、財産を隠ぺい、仮装したものと評価することはできない。

(三) まとめ

以上のとおり、原告裕代が順号10、89、105ないし112の財産について、課税価格の基礎となる相続財産に計上していなかったことにつき、前記のような隠ぺい、仮装と評価すべき行為が存在したとは認められないから、原告裕代に対する重加算税の賦課要件が充足されているということはできない。これに反する被告の主張は採用することができない。

もっとも、本件更正処分(本件裁決により一部取り消された後のもの)が適法であることは前記一説示のとおりであり、単に過少申告が意図的に行われていないというだけでは、国税通則法六五条四項に規定する「正当な理由」があったとは認められないから、過少申告加算税賦課の要件は充足されているといわなければならない。

証拠(証人畑田豊治)によれば、原告裕代は、本件相続税の申告について、三菱銀行兵庫支店の営業担当者、実父豊治、被告の担当職員に申告の相談をしていたことが認められるところ、原告らは、原告らがアサノ名義以外の預貯金等を相続財産として申告しなかったのは、相続税の申告の相談時に、被告の担当職員がアサノ名義以外の預貯金等についても申告が必要である旨適切に指導しなかったことが原因であるから、過少申告加算税を賦課したことは不当である旨主張するが、本件全証拠によるも、原告が被告の担当職員に申告の相談をしたその内容が明らかでないから、本件過少申告加算税の賦課決定が信義則に反するとか、不当であるということはできない。

しかして、過少申告加算税と重加算税は、別個独立の処分ではなく、重加算税の賦課は、過少申告加算税として賦課されるべき一定の税額に加重額に当たる一定の金額を加えた額の税を賦課する処分として、過少申告加算税の賦課に相当する部分をその中に含んでいると解するのが相当であるから、重加算税の賦課要件についてのみその全部又は一部が否定された場合には、過少申告加算税相当部分を維持し、これを超える部分のみを取り消すことになる(最一小判昭和五八年一〇月二七日・民集三七巻八号一一九六頁参照)。これを本件についてみるに、原告裕代の納付すべき相続税額は、前記一3のとおり一億三〇〇七万五一〇〇円であり、本件更正処分がなされる前の相続税額は五四五五万〇一〇〇円であるから、過少申告加算税の基礎となる税額(一万円未満切捨て)は、前者と後者の差である七五五二万円となり、過少申告加算税の額は、七五五万二〇〇〇円となる。

したがって、原告裕代に対する本件賦課決定処分(ただし、過少申告加算税賦課決定処分については、本件裁決による一部取消後のもの)は、一八四万八〇〇〇円の重加算税賦課決定のうち過少申告加算税相当分五二万九〇〇〇円(七五五万二〇〇〇円-七〇二万三〇〇〇円)までの部分(及び七〇二万三〇〇〇円の過少申告加算税賦課決定)は適法というべきであり、これを超える部分を違法として取り消すことになる。

2  原告高幸に対する過少申告加算税賦課決定処分について

原告高幸についても、過少申告加算税賦課の要件が充足されていることは、前記1(三)に説示したところから明らかである。

そして、原告高幸の納付すべき相続税額は前記一3のとおり一億二九八三万五一〇〇円であり、本件更正処分がなされる前の相続税額は五四三一万〇一〇〇円であるから、過少申告加算税の基礎となる税額(一万円未満切捨て)は、前者と後者の差である七五五二万円となり、過少申告加算税の額は七五五万二〇〇〇円となる。

したがって、原告高幸に対する本件賦課決定処分(過少申告加算税賦課決定処分)は、適法というべきである。

第四結論

よって、原告裕代の請求は、本件重加算税賦課決定のうち五二万九〇〇〇円を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから認容し、原告裕代のその余の請求及び原告高幸の請求は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田口直樹 裁判官 大竹貴)

別表Ⅰ 課税の経緯

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別表Ⅱ 動産の明細表 5枚のうち1枚目

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別表Ⅱ(続) 動産の明細表 5枚のうち2枚目

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別表Ⅱ(続) 動産の明細表 5枚のうち3枚目

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別表Ⅱ(続) 動産の明細表 5枚のうち4枚目

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別表Ⅱ(続) 動産の明細表 5枚のうち5枚目

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(別表Ⅱ)付表

別表Ⅱの順号103の計算明細

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別表Ⅲ1 日興証券 神戸支店の入出金一覧表

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別表Ⅲ1(続) 日興証券 神戸支店の入出金一覧表

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別表Ⅲ1(続) 日興証券 神戸支店の入出金一覧表

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別紙Ⅲ1(続) 日興証券 神戸支店の入出金一覧表

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別表Ⅲ2 日興証券 神戸支店の入出金一覧表 2

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別表Ⅳ 国際証券 神戸支店の入出金一覧表

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別表Ⅳ(続) 国際証券 神戸支店の入出金一覧表

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別表Ⅳ(続) 国際証券 神戸支店の入出金一覧表

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別表Ⅴ

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別表Ⅵ

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別表Ⅵ(続)

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別表Ⅶ

株式一覧表(西村太美子)

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別表Ⅶ(続)

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別表Ⅷ

不動産の明細表

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別表Ⅷ 付表

別表Ⅷの順号3(租税特別措置法69上の3の摘要がある土地)の評価明細表

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